
現在、一軒の中古住宅のリノベーションを進めています。
既存の建物を調査し、間取りや耐震補強、断熱改修について検討を重ねてきました。設計がひと通りまとまり、先日、工事の見積もりが出てきたところです。
今回の計画では、既存の床は基本的に残すことにしました。一方で、壁はほとんど解体し、つくり直します。
同じ古い家なのに、床は残して、壁は壊す。
古いものだから壊すわけでも、まだ使えるから何でも残すわけでもありません。建物の状態を見ながら、耐震や断熱、施工方法、工事費などを一つずつ考えていくと、今回はこの方法が良いのではないか、というところにたどり着きました。
なぜ床は残し、壁は壊すことにしたのか。
現在進行中のリノベーションを例に、少し書いてみたいと思います。
築年数の割に、状態が良かった

最初にこの住宅を見たとき、築年数の割に状態が良い、という印象を持ちました。
以前に住んでいた方が、きちんと手入れをしながら暮らしていたのではないか。建物を見ていると、そんなことも感じられました。
まず外から基礎を見てみると、表面には目立つようなひび割れがありません。室内を歩いてみても、床に大きな傾きはなく、水平器で確認しても、大きな傾きはありませんでした。
水回りや押入の一部では、歩くと床が少し凹むところがありました。古い家で床が凹むと、ちょっと嫌な感じがします。
ただ、歩いた感触では、根太そのものが傷んでいるようには思えませんでした。そこで床下を覗いてみることにしました。

床下は、意外なほど乾燥していました。土台にも目立った傷みはほとんどありません。
古い家を見るときは、きれいなリビングより、床下や天井裏の方が気になることがあります。
もちろん、床下を覗いたからといって、建物のすべてが分かるわけではありません。それでも、基礎を見て、床を歩いて、床下を覗く。そうやって一つずつ確認していくと、この家はまだ十分に使えそうだ、という感触が少しずつ確かなものになっていきました。
壊さなくても、できること
床の状態が比較的良いことが分かった時点で考えたのは、これをそのまま使えないか、ということでした。
状態が良いものを、わざわざ壊して、またつくる。なんだか、もったいない気がします。
もちろん、もったいないという感情だけで決めたわけではありません。最近は解体や廃材の処分にも、それなりに費用がかかります。リノベーションでは、解体範囲を小さくすることが、そのまま工事費を抑えることにつながる場合があります。
床を残せば、解体・撤去・処分の費用を減らせるだけでなく、既存の床を新しい床の下地として利用できます。一度壊して、新しく下地からつくり直す手間も省けます。
ただし、今回は断熱改修と耐震補強も行います。
既存床を残したまま断熱するなら、床下に潜って、下から断熱材を入れる方法もあります。ただ、狭い床下に潜り、頭上に向かって隙間なく断熱材を施工するのは、なかなか大変です。できることと、きちんとできることは、少し違います。
そこで今回は既存床の上に断熱材を施工し、その上に新しい床をつくることにしました。
耐震補強についても、床を剥がさずに施工できる工法を採用しました。
こうして考えていくと、既存床を残すことで、解体費を抑えながら、床下地を再利用し、断熱と耐震補強も進めることができます。
床がまだ使えそうだから残す、というだけではありません。残した床を、次の工事にどう利用できるか。そこまで考えて、今回は壊さないことにしました。
壊した方が、できること
床は残すことにしましたが、壁は反対に、ほとんど解体することにしました。
壊さない方が工事費を抑えられるのなら、壁も残せばいいのですが、そう単純にはいきません。
既存の壁を残したまま耐震補強する方法もあります。ただ、今回の建物で必要な補強を考えると、壁を一度解体し、柱や梁などの構造材を露出させた方が、金物の取り付けなどを確実に行うことができます。
もう一つの理由が、断熱です。
今回の工事では、外壁部分の断熱性能も高めたい。そこで室内側の壁を解体すれば、耐震補強と同時に断熱材を施工することができます。
もちろん、壁を壊さず、既存壁の内側にもう一枚壁をつくって断熱する方法もあります。
ただ、それでは部屋が少しずつ狭くなります。
数センチくらい、と思うかもしれません。でも、すべての壁が少しずつ内側へ動くと、間取りには意外と大きく影響します。今回実現したいプランを考えると、その数センチがなかなか厄介でした。
それなら、一度壁を壊してしまった方がいい。
壁を解体することで、構造を確認しながら耐震補強ができる。断熱材もきちんと施工できる。そして、必要な室内寸法も確保できます。
床は、壊さなくてもできることが多かった。
壁は、壊した方ができることが多かった。
残せるから残す。古いから壊す。そういうことではありません。その先で何をしたいのかによって、残すものと壊すものは変わってきます。
設計者だけでは決めない
床は残す。壁は壊す。
建物を調査し、耐震補強や断熱方法を検討していく中で、少しずつそんな方針が見えてきました。
ただ、設計者が図面の上で「これが一番いい」と考えていても、実際につくる人から見れば、もっと良い方法があるかもしれません。
そこで、ある程度方針がまとまったところで、工事をお願いする施工者(工務店)にも現地を見てもらいました。

床を残したまま補強する方法は、本当に施工しやすいのか。もっと合理的な方法はないのか。こちらで考えた工事方法を説明しながら、一つずつ確認していきます。
「この方法でいけそうですね」
施工者からも同じような意見が返ってきたので、現在の方法で設計を進めることにしました。
リノベーションでは、同じ仕上がりを目指していても、そこに至る工事方法が一つとは限りません。
図面を描く人と、実際につくる人。それぞれが持っている経験を持ち寄った方が、選択肢は増えていきます。
そして今、その設計をもとにした工事の見積もりが出てきたところです。
もし見積もりを検討して、床を残すより、一度壊してつくり直した方が合理的だと分かれば、今の設計を見直すこともあります。
せっかく考えたのだから、この設計でいきたい。そう思いたくなるところですが、設計を守ることが目的ではありません。
調べて、考えて、施工者と相談する。設計して、見積もりを取り、もう一度考える。リノベーションの設計は、どうも一直線には進んでくれません。
見えないところを、どう考えるか
既存の床を残すことには、当然リスクもあります。
床をすべて解体すれば、その下の状態をより詳しく確認できます。解体せずに残した場合には、どうしても見えないところが残ります。
では、念のため全部壊して確認した方がいいのか。そうすると、今度は解体費が増え、つくり直すための費用も必要になります。
リノベーションでは、こうしたことが何度も出てきます。
壁を壊してみなければ分からないこと。床を剥がしてみなければ分からないこと。天井の中に隠れているもの。
全部を確認しようと思えば、結局、全部を壊すことになってしまいます。
それでは、何のために既存の建物を使うのか分からなくなってしまいます。
だからといって、「見えないところは仕方がない」で済ませるわけにもいきません。
基礎の状態を見る。床の水平を確認する。床下に入り、土台や床組の状態を見る。確認できるところまで確認し、気になるところがあれば、さらに調べる。
そのうえで、残してもよいところと、きちんと手を入れるべきところを判断していきます。
もちろん、危険だと判断したところを、工事費を抑えるためにそのままにすることはできません。
リスクを減らそうとすれば、工事は増え、費用もかかります。一方で、すべての不確実性をなくそうとすれば、リノベーションそのものが成り立たなくなることもあります。
どこまで確認するのか。どこまで手を入れるのか。その線を引くことも、リノベーションの設計なのだと思います。