リノベーションで耐震補強を考えるとき、できるだけ強くした方が良いと考えるかもしれません。もちろん、耐震性を高めることは大切です。
けれど、住宅に使える予算には限りがあります。耐震補強に費用を掛けすぎてしまえば、断熱改修や内装、設備など、これからの暮らしを快適にするために使える予算が減ってしまいます。
だから、耐震性能は高ければ高いほど良いと単純に考えるのではなく、どこまでの性能を目標にするのか、そのためにどんな補強を行うのかを、予算と合わせて考える必要があります。
現在進めている住宅のリノベーションでも、耐震補強については、必要以上に強度を上げるのではなく、できるだけ費用を抑えながら、必要な耐震性能を確保するという方針で検討を進めています。
そのためには、ただ筋交いや耐力壁を増やせばよいわけではありません。既存の構造を活かせるところは活かし、補強する位置や方法を考えながら、限られた予算の中で、どこまで効果的に耐震性能を高められるかを検討していきます。
今回は、実際に進めているリノベーションを例に、その考え方について書いてみたいと思います。

評点は、耐震性を考えるための手がかり
耐震性について話をするとき、設計者として一つの手がかりにしているのが上部構造評点です。
上部構造評点は、建物の耐震性を数値で見るための指標の一つです。数字が大きいほど、耐震性が高いと考えます。たとえば、0.3より1.0の方が、1.0より1.2の方が、耐震性は高いということです。
今回も、まず設計者側からこの評点の意味を説明し、現在の建物がどの程度の耐震性を持っているのか、補強によってどこまで改善できるのかを、数値で確認しながら検討していきます。
ただし、上部構造評点は、絶対的な安全・危険を線引きする数字ではありません。評点1.0を少し下回ったからといって、すぐに倒壊するという意味ではありません。逆に、1.0を超えたから絶対に安全、ということでもありません。あくまで、耐震性を考えるための一つの目安です。
大切なのは、その数字をどう評価するかだと思います。もっと高い評点を目指したいと考える人もいれば、予算とのバランスを見ながら一定のところで納めたいと考える人もいます。補助金や許可申請などで基準が決められている場合は別ですが、そうでなければ、どこまで耐震性能を求めるかは、住む人それぞれで異なります。
今回の住宅では、施主さんと相談し、上部構造評点1.0を一つの目標として補強計画を進めました。
設計者の役割は、計算によって数字を示すことだけではありません。その数字が何を意味するのかを説明し、どこまで性能を求めるのかを、住まい手と一緒に考えることが大切だと思っています。
補強量ではなく、効かせ方を考える
耐震補強というと、筋交いや耐力壁を増やせば、その分だけ建物が強くなるように思われるかもしれません。もちろん、必要な耐力を確保することは大切です。ただし、耐震性は壁の量だけで決まるわけではありません。
耐力壁が建物の片側に偏っていないか。建物の端部にも必要な壁が確保されているか。床が地震の力を、きちんと耐力壁へ伝えられる状態になっているか。こうしたことも含めて考える必要があります。
耐震診断では、こうしたバランスを確認するため、1/4充足率や偏心、水平構面の剛性なども見ていきます。少し専門的な言葉ですが、考えていることはそれほど難しくありません。
- 壁は足りているか
- その壁は偏っていないか
- 床は、その壁をきちんと働かせられるか
ということです。

今回の住宅では、窓が多い側に耐力壁が不足していることが、計算前からある程度予想できました。そこで、まず1/4充足率を満たすことを考え、そのうえで耐力壁の偏りを少なくするように補強位置を検討しました。
また、既存の筋交いも、使えるものはできるだけ活かす方針としました。今回確認できた既存筋交いには、筋交い金物や柱頭・柱脚金物が付いていませんでした。ただ、これは事前に想定していたことでした。
そのため、診断時には接合部の状態を考慮して低減して評価し、補強時には金物を追加することで、既存筋交いをより有効に働かせる方針としています。新しい耐力壁をつくるだけではなく、今ある構造をきちんと働かせることも、耐震補強の一つです。
さらに、今回の解体で、2階床裏に火打梁が入っていないことも分かりました。耐力壁がしっかりしていても、床の剛性が低ければ、地震の力を耐力壁へうまく伝えられません。そこで今回は、2階床裏全体に火打梁を追加し、水平構面の剛性を高める計画としています。
つまり、耐震補強で見ているのは、単純な壁の数だけではありません。
壁の量。
壁の位置。
建物全体のバランス。
床の剛性。
既存構造をどこまで活かせるか。
こうした複数の要素を合わせて考えながら、必要な性能をできるだけ合理的に確保していきます。
今回の住宅では、評点がどう変わったか
ここで、もう一度、上部構造評点について簡単に整理しておきます。上部構造評点は、建物に必要とされる耐力に対して、実際にどの程度の耐力を持っているかを見るための指標です。数字が大きいほど、耐震性が高いと考えます。
また建物は、縦方向・横方向のどちらから地震力を受けるかによって、弱い向きが異なることがあります。そのため、耐震診断では、直交する2つの方向(X方向・Y方向)を分けて評価します。

今回の住宅では、1階の補強前の上部構造評点は、
X方向 0.24
Y方向 0.30
でした。
これに対して、補強後は、
X方向 1.02
Y方向 1.03
まで改善する計画です。
今回の住宅は昭和48年築で、補強前の上部構造評点は0.24、0.30と低い状態でした。それでも、既存の構造を活かしながら、補強する位置や方法、耐力壁の配置、床の剛性を合わせて検討することで、評点1.0程度まで改善できる計画となりました。
古い住宅で評点が低いからといって、必ずしも大規模な補強をしなければならないとは限りません。建物の状態や間取りによっては、補強方法を工夫することで、工事範囲や費用を抑えながら耐震性能を高められる可能性があります。

ここで大切なのは、評点が上がった理由が単純に、筋交いをたくさん増やしたから、ではないことです。今回の補強では、筋交いや耐力壁を追加して、建物そのものの耐力を高めています。それに加えて、耐力壁の配置の偏りや床の剛性も改善しています。つまり、壁を強くするだけではなく、その壁がきちんと働ける状態に整える、ということも同時に行っています。
今回、解体後に確認できた既存筋交いは5本でした。この5本については、すべて金物を追加して活用する方針としています。そのうえで、不足する耐力を補うために、45×90の筋交いを38本新設し、一部は構造用合板でも補強します。
今回はたまたま既存筋交いが5本しか確認できませんでしたが、もっと多く残っていれば、それらを活用して新設する補強を減らせた可能性があります。
耐震補強では、新しい耐力壁をどれだけ増やすかだけではなく、既存の構造をどこまで活かせるか、どこに補強を入れると効果的かを考えることが、費用を抑えることにもつながります。
今回の住宅では、1階の上部構造評点をX方向0.24から1.02、Y方向0.30から1.03まで改善する計画に対して、耐震補強費は約78万円(税別)となりました。補強対象面積104㎡(約31.5坪)で割ると、約2.5万円/坪です。ここには、解体費や、新しくつくる壁・天井などの内装工事費は含めていません。あくまで、今回の見積の中で耐震補強として掛かった工事費です。
もちろん、必要な補強量や費用は、建物の大きさや既存構造、間取り、施工条件などによって大きく変わります。
今回のように、築年数が経ち、補強前の評点が0.24、0.30と低い住宅でも、既存構造を活かし、補強位置や方法を工夫することで、評点1.0程度まで改善できる場合があります。もちろん、建物によって条件は異なりますが、評点が低い=莫大な補強費用が必要、とは限りません。
限られた予算を、暮らし全体にどう配分するか

リノベーションでは、耐震、断熱、間取り、設備、内装を、完全に別々のものとして考えることはできません。
今回の住宅でも、耐震補強のために一部の窓を塞ぐ判断をしています。もともと開口部が多く、耐力壁の配置にも偏りがありました。一方で、すべての窓を残したまま断熱性能を高めようとすれば、内窓の設置やサッシの交換にも費用が掛かります。
そこで、間取りや室内からの見え方を確認しながら、必要性の低い窓を一部塞ぐことにしました。窓を塞ぐことで、耐力壁を設けやすくなります。同時に、開口部からの熱損失も減らすことができます。さらに、サッシ改修に必要だった費用も抑えられます。
一つの工事を、耐震だけ、断熱だけ、と分けて考えるのではなく、複数の効果が得られる方法を探す。限られた予算の中では、こうした考え方も大切だと思います。
もちろん、耐震性能は重要です。ただ、耐震性能を少しでも高くすることだけに予算を使い切ってしまい、断熱改修や内装、設備に使える費用がなくなってしまえば、これからの暮らしの快適さを十分につくれなくなるかもしれません。
だからこそ、どこまで耐震性能を求めるのか。そのために、どれくらいの工事が必要で、どのくらい費用が掛かるのか。設計者は計算によってその根拠を示し、できるだけ分かりやすく説明する必要があります。
耐震診断の計算内容は専門的です。計算書をそのまま見ても、すべてを理解するのは難しいと思います。それでも、分かりにくいからと説明を飛ばしてしまうのではなく、
- なぜ、この補強が必要なのか
- なぜ、この方法を選んだのか
- その工事によって、どの程度性能が変わるのか
という判断のポイントは、できるだけ分かりやすく伝えるようにしています。
住まい手にとって大切なのは、構造計算そのものを理解することではなく、なぜそこにお金を掛けるのかを納得したうえで判断できることだと思うからです。
耐震補強は、完成すると壁や天井の中に隠れてしまいます。だからこそ、数字による根拠を示しながら、必要な性能、工事内容、予算のバランスを住まい手と一緒に考える。
限られた予算の中で、耐震性能だけではなく、これからの暮らし全体を整えていくことが、リノベーションでは大切なのだと思います。