中古住宅のリノベーションで、耐震補強の設計を進めています。
古い木造住宅の耐震補強には、自治体の補助制度があります。せっかく耐震補強をするのなら、補助が使えないだろうか。そう思って、調べてみました。
分かったのは、補助を受けるには、市に登録された診断士による診断と設計を経て、市の交付決定を受けてから工事に着手する必要がある、ということでした。この住宅では解体が終わり、ちょうど工事が始まる直前でした。工事の段取りはすでに組まれていて、診断と手続きのために止めることはできません。
残念ながら、タイミングが合いませんでした。
制度には、どんな工事が対象になり、どれだけ補助されるのか、という決まりがあります。それとは別に、いつまでに何をしなければならないか、という条件があります。決まりを知っていても、時期を逃せば使えません。
では、もし事前に分かっていたら、その補助を使っていたでしょうか。

中古住宅の制度は、建物と時期で決まる
新築の場合、使える制度は、これから建てる家の性能で決まることが多くあります。中古住宅では、それに加えて、その建物がいつ建てられ、いまどんな状態にあるかが関係します。
古い木造住宅の多くは、いまの耐震基準ができる前に建てられています。建てられた年が基準より前か後かで、制度の条件が変わります。基準より前の建物では、耐震の性能を証明できるかどうかが、制度を使える分かれ目になります。
証明がいつ必要になるかも、制度によって違います。購入する前、登記をする前、工事が終わってから、入居してから。同じ耐震の話でも、ある制度は買う時点の建物の状態で判断され、別の制度は補強を終えた後の状態で判断されます。
| 建物 | 買う時点で判断される制度 | 補強した後で判断される制度 |
|---|---|---|
| 昭和57年以降に新築いまの耐震基準で建てられた建物 | 耐震の証明は不要 | 耐震の証明は不要 |
| それより前の建物評点 1.0 以上 | 対象 買う前に証明を取れば |
対象 |
| それより前の建物評点 1.0 未満この住宅 | 対象外 証明が出せない |
対象 補強して評点 1.0 以上なら |
※税の軽減の制度の、耐震に関する条件を大まかにまとめたものです。制度ごとに、床面積や入居の時期などの条件があります。
この住宅は、いまの基準ができる前に建てられたものでした。購入時の登記にかかる税には軽減の制度がありますが、使うには、買う時点で耐震基準を満たしていることを示す必要があります。補強前の状態では、基準を大きく下回っていました。仮に購入前に相談を受けていたとしても、この軽減は使えませんでした。
中古住宅の制度は、建物の条件と時期の組み合わせで決まります。制度の一覧を眺めるだけでは、何が使えるかは分かりません。その建物を見て、いつ何が必要になるかを並べてみて、初めて見えてきます。
補助を待つ時間にも、費用がかかる
中古住宅は、購入が終わるまで、基本的に現地を詳しく調べることができません。耐震診断も、登記が済み、引き渡しを受けてから行うことになります。
補助を使うには、その診断を受けて、結果をもとに補強を検討し、それから工事に入ります。診断だけで最短でも一か月。検討を含めると、工事の開始は二か月ほど遅れる計算でした。その流れを選んでいたら、工事の完了も、予定より二か月後になっていたことになります。
そのあいだ、住まいは決まりません。購入から入居までの期間が延びれば、その間の家賃がかかり続けます。
時間が延びれば、ほかの制度にも響きます。完了や入居の期限が決まっている補助や税の制度もあり、遅れれば、そちらが使えなくなるおそれもありました。
補助は、受け取る金額だけを見れば、ありがたいものです。けれど、それを受けるために待つ時間にも、費用がかかっています。補助と、待つことにかかる費用。その両方を並べてみなければ、使うべきかどうかは決められません。
この住宅では、物件の購入から工事の開始までの期間が短く、補助の手続きを挟む時間がありませんでした。そのため、この補助は見送っています。
そう考えると、知っていたからといって、その補助を利用したかどうかは分かりません。
耐震の数値は、税の軽減にもつながっている
耐震補強の設計では、建物の強さを評点という数値で確かめます。評点が1.0以上あれば、大きな地震に対して「一応倒壊しない」と判定されます。この住宅は、補強前の評点が1.0に遠く届きませんでした。補強の計画では、この数値を1.0以上にすることを目標にしています。
この1.0という数値は、税の制度の条件にもなっています。古い住宅を補強していまの耐震基準を満たせば、税が軽くなる制度がいくつかあります。逆に、補強をしても1.0にわずかに届かなければ、対象にはなりません。
この住宅では、補強をどこまで追加するか判断するときに、この条件がきっかけの一つになりました。
補助金のように、お金を受け取れるものではありません。これから納める税金が、安くなる仕組みです。
補強を終えて評点が1.0を超えれば、それを示す証明書は、設計をした建築士として私が出すことができます。補強の数値を決めることが、そのまま、制度に必要な書類につながっています。
ただ、税の申告をするのは住まい手ご自身です。対象になるかどうか、いつまでに申告するのか、税額はいくらになるのか。そこは窓口で確認していただく必要があります。私は証明書など、必要な書類を整えることにしました。
期限は、工程を縛る
この住宅では、耐震とは別の補助を使う予定です。こちらには、工事を終えて報告するまでの期限があります。その期限に間に合わせることが、計画の前提になりました。
引き渡しの時期は、その補助の期限から逆算して決めています。工事の工程も、そこに合わせて組まれています。先に書いたように工事の開始が二か月遅れていれば、この期限には間に合わなかったはずです。
省エネの改修にも、補助があります。こちらは、対象になる工事を、決められた期間のうちに終えなければなりません。窓の改修、壁の断熱、設備の交換。どれか一つでも年を越えれば、使えなくなるおそれがあります。
まずは設計工程表を作成し、設計から工事までの全体の流れを確認します。そのうえで、期限と照らし合わせます。それぞれの工事がいつ終わるのか。期限までに、どれだけ余裕があるのか。設計工程表だけでは確かめられない工事の細かな流れは、施工者に工事工程表を出してもらうよう依頼します。
制度を使うと決めれば、工程も、判断の順番も、その期限に合わせる必要があります。仕様を決める時期、材料を発注する時期。期限から逆にたどって、いつまでに何を決めるかが決まっていきます。
決める
発注する
設計者
施工者
補助はありがたいものです。けれど同時に、工事の進め方を縛るものでもあります。
制度も、設計の条件の一つ
工事の前に税の軽減を選ぶことで、逆に補助金が受け取れなくなることもあります。またその逆もあります。どれを選ぶかは、本当に悩ましい問題です。しかも補助金は、毎年のように手続きや時期が変わります。
だから制度は、覚えておくものではなく、その都度確かめるものだと考えています。
先に書いたように、購入が終わるまで、基本的に中に入って建物を詳しく調べることはできません。それでも、購入の前にできることはあります。いつ建てられた建物なのか。買う時点でしか使えない制度はあるか。工事を始める前に、手続きが要る補助はないか。それを並べておくだけでも、後になって「タイミングが合わなかった」と気づくことは、減らせるはずです。
制度を使うかどうかに、正解はありません。税の制度がどれだけ効くかは、その人の収入や持っている資産によっても変わります。この住宅での判断がよかったのかどうかも、工事を終えた後でさえ、きっぱりと言い切れるかは分かりません。暮らしの時間、予算、工事の段取り。それらと同じように、制度も設計の条件の一つとして並べ、住まい手と一緒に決めていく。それも、設計の仕事の一部だと思っています。