中古住宅を買う前に設計士に相談するという選択肢

中古物件を購入する前に設計士に相談する。そういう選択肢があることを、知っている方はまだ少ないかもしれません。

新築か、中古リノベか。予算をどう使うか。物件のどこを見て判断するか。こうした問いは、不動産会社だけでは答えが出にくく、設計士に聞くにはまだ早いと思われがちです。このプロジェクトは、そのような段階から始まりました。

「小さな新築を建てるか、中古物件を買ってリノベーションするか。予算的に見合うのは、どちらでしょう」

最初の問い合わせは、そんな一言から始まりました。

土地を探すところから始める新築。手の入った中古物件を買って、自分たちの暮らしに合わせてつくり直すリノベーション。どちらが正解かは、予算だけで決まる話ではありません。毎月の返済額、将来の暮らし、何を大切にするか。そういったことを、一緒に整理するところから、このプロジェクトは始まりました。

設計事務所の仕事は、図面を描くことだけではありません。何を建てるかより前に、何を選ぶかを一緒に考える。このプロジェクトでは、そういう関わり方が求められていました。

最初の問いは新築か、中古リノベかだった

ローン限度額まで借り入れを増やせば新築という選択肢も視野に入りました。でも毎月の返済額、将来への備え、日々の暮らしの余裕。そういったことを丁寧に整理していくと、自ずと答えは見えてきました。

中古物件を購入して、リノベーションを行う。それがこのプロジェクトの出発点となりました。

検討にあたって実際に2案の事業総額を試算しました。比較したのは、床面積25坪程度の小さな平屋。決して大きな建物ではありません。それでも新築案と中古リフォーム案の事業総額を比較すると、その差は約900万円になりました。

中古リフォーム

2,091万円

新築

2,999万円

差額

908万円

中古リフォーム合計2,091万円、新築合計2,999万円、差額908万円。
建築工事費 土地・建物購入費 設計監理費 その他諸経費 差額
項目 中古リフォーム 新築 差額
建築工事費 1,217万円2,316万円+1,099万円
土地・建物購入費 580万円276万円−304万円
設計監理費 165万円237万円+72万円
その他諸経費 129万円170万円+41万円
合計 2,091万円2,999万円+908万円

※2025年6月試算。消費税込み。

金額差が生まれる主な理由は、建物をゼロから建てるか、活かすかという違いです。新築の場合、更地の取得から仮設工事・基礎・躯体・仕上げまで、すべてのコストが発生します。一方、状態の良い中古物件であれば、構造や断熱など工事費の大きな部分を省き、水回りと内装仕上げに絞って工事できます。建物規模が小さくても、この差は縮まりにくい。

ただし、これはあくまで、このプロジェクト固有の試算です。物件の状態・築年数・必要な性能改修の範囲によって、総額は大きく変わります。中古は必ず安いという前提で動くと、後から想定外のコストが発生することもあります。物件ごとに工事費の見通しを立てることが重要です。

この差額が、中古リフォームという方針を選ぶ根拠のひとつになりました。

築古物件のフルリノベは、本当に割安か

最初に候補として上がったのは、築40年を超える小さな平屋でした。購入価格は100万円以下。土地の値段というより、建物の解体費用程度の金額です。一見、非常に割安に見えます。

しかし物件資料を確認すると、課題が次々と浮かび上がりました。築年数から判断して耐震性は明らかに旧耐震基準。断熱材が入っていない可能性も高い。さらに浄化槽も下水道引き込みもない状態で、住むためにはインフラ整備から始める必要がありました。

耐震補強、断熱改修、水回りの刷新、そして下水道の引き込み工事。これらをすべて積み上げると、安い物件のはずが、総工事費は大きく膨らむことが予想されました。

物件の購入価格が安いことと、住めるようにするための総額が安いことは、別の話です。この物件はその典型でした。

設計者も一緒に物件を探す

窓外の景色

候補物件が見つからない中、設計者側でも並行して物件を探し始めました。不動産ウェブサイトで地域を絞って検索しながら、協力関係にある地元の不動産会社にも条件を伝えて相談しました。

そうして見つけたのが、別荘として使われていた小さな平屋です。

実際に内見を行い、建物の状態が良好であることを専門家の目で確認しました。耐震性や断熱性といったハード面だけでなく、周辺環境や空間の魅力といったソフト面も含めて検証する。金額だけでは見えてこない部分を、設計者として判断するためです。

施主も別日に内見を行いました。第一印象は、大きな窓の外に広がる景色が素晴らしい、というものでした。設計者が性能を確認し、施主が空間の魅力を感じる。両者の目線が揃ったとき、この物件に決める確信が生まれました。

工事範囲を絞り、予算を抑えることを優先

スタディ模型

この物件を選んだ理由は、眺望や空間の魅力だけではありません。2007年竣工という築年数が、工事費を抑える上で大きな意味を持っていました。

日本では1981年に耐震基準が大きく見直されており、それ以降に建てられた建物は、一定の地震への強さが確保されています。また2000年にも耐震基準の見直しがありました。2007年竣工のこの物件は、それらの耐震基準をクリアしていると判断しました。また断熱性能についても、天井裏や床下の現地確認を行い、既存のままで問題ないと確認しました。耐震・断熱という工事費の大きな部分を省けたことで、工事範囲を水回りと内装仕上げに絞ることができました。

プラン提案は一つではなく、複数のリノベーション案を提示しました。工事範囲を広げる案も、性能をさらに高める案も、選択肢として並べました。しかし打ち合わせを重ねる中で、施主自身の口からこんな言葉が出てきました。

「将来の暮らしに備えて、お金の蓄えを持っておきたい」

予算を使い切ることより、予算を抑えることを優先する。それが、このプロジェクトの最終的な方針になりました。コスト抑えるため、施主自らデッキ張りやDIY塗装にも参加しています。設計者と施主が同じ方向を向いて、限られた予算の中で、暮らしの質を最大化しようと一緒に考えた結果です。

工事範囲を絞ることは、同時に何が本当に必要かを問い直すことでもありました。あれもこれもと手を加えるのではなく、この家での暮らしに本当に必要なものは何かを、施主と一緒に探していく。その問いを丁寧に繰り返すことが、このプロジェクトの設計の核心だったように思います。

制約があるからこそ、優先順位が明確になる。予算を絞ることが、暮らしの輪郭を鮮明にする。そういうポジティブな手応えが、このプロジェクトには確かにありました。

物件購入の前に設計事務所に相談するという選択肢

設計事務所への相談は、建てることが決まってから、と思っている方が多いかもしれません。でもこのプロジェクトが示しているのは、その前の段階から関わることの意味です。

何を建てるかより先に、何を買うべきかを一緒に考える。築年数から性能を読み取り、工事費の見通しを立て、複数の選択肢を総額で比較する。そういった判断を、物件購入の前に行えるかどうかが、その後のコストと暮らしの質を大きく左右します。

設計事務所の仕事は、図面を描くことだけではありません。建てることを前提にせず、場合によってはこの物件はやめた方が良い、という判断も含めて、施主と一緒に考える。そういう関わり方がこのプロジェクトでは求められていました。

物件購入を検討する際に、設計者の視点を加えるという選択肢があることを、知っておいていただければと思います。