リノベーションの現場では、判断の速さが問われます。
解体して壁や天井を開けると、事前の調査では分からなかったことが見えてきます。解体の後にもう一度設計を見直す理由は、以前の記事に書きました。今回は、その見直しを、どれだけ早くできるかという話です。
分かったら、すぐに対処する。現場を止めない。材料の手配や、ほかの部分の工事の段取りがあるので、現場は毎日進んでいきます。
壁が開いている時間は、限られています。壁を塞いでしまえば、その中はもう見えません。手を入れることもできなくなります。
では、その限られた時間の中ですぐに判断するために、何が必要なのでしょうか。

基礎が無かった壁
耐震補強の工事が進んだと聞いて、現場を見に行った日のことです。補強を予定していた壁の下に、基礎が無いことが分かりました。
基礎の無い壁は、筋交いを入れても、地震の力を地面まで十分に伝えることができません。このままでは、予定していた耐震の強さが確保できなくなります。
力が地面まで伝わる筋交い → 土台 → 基礎 → 地面
力が地面まで伝わりにくい筋交い → 土台 → ×

土台の下に、基礎がありません。この壁の筋交いは、強さを低く見込んだうえで残し、足りない分を別の壁で補っています。
ただ、慌てることはありませんでした。耐震補強の計算は、自分で行っています。どの壁が、計算にどれだけ効いているのか。それを把握していたので、どこを変えればよいかが、すぐにイメージできました。代わりの候補になる壁も、ある程度、事前に想定していました。
直ぐにその場で、筋交いの位置を変え、本数を増やすよう現場へ指示を出しました。事務所に戻ってから変更した部分の計算をやり直し、予定していた耐震の強さを保てることを確かめています。
本来であれば、住まい手の承認を得てから指示するのが順序です。けれど、壁を塞がれてからでは、もう直せません。このときは先に指示を出し、理由と、費用が少し増える見込みと、耐震の強さは予定どおり確保できていることを、後から報告しました。
図面どおりには、塞げなかった
もう一つ、壁を塞ぐ前にしかできないことがあります。気流止めです。
古い木造住宅では、床下の冷たい空気が、壁の中を通って天井裏へ抜けていることがあります。この住宅も、既存の壁の中には薄い断熱材しかなく、空気が通り抜けていました。壁の中を空気が流れていると、断熱材を入れても、本来の性能が出ません。そこで、壁の上と下の端をふさぎ、空気の通り道を断つ。これが気流止めです。
気流止めが無い床下の空気が、壁の中を通って天井裏へ
気流止めがある壁の上と下をふさぎ、空気の通り道を断つ

既存の断熱材が、ところどころ黒ずんでいます。壁の中を空気が通り抜け、ほこりがこされた跡です。壁の下の端は、床下とつながっていました。
図面では、木材で塞ぐように指示していました。ところが現場で確かめると、木材ではうまく塞げない箇所があることが分かりました。
グラスウールを詰めて塞ぐ方法でも施工できることは、以前に読んだ資料で知っていました。そこで、その方法に切り替えることにしました。具体的な性能や仕様は、今回あらためて研究資料に当たり、詳しく調べています。
現場を見ていて、もう一つ分かったことがあります。外壁だけでなく、内部の間仕切り壁にも、床下の空気が天井裏へ抜ける通り道がありました。こちらにも気流止めが必要です。ただ、当初の工事には入っていなかったので、追加の見積を取り、金額を確かめてから決めることにしました。
準備しておくのは、答えではなく選択肢
二つの場面に共通しているのは、その場で決められたのは、前もって準備があったからだということです。
準備といっても、答えを用意していたわけではありません。基礎が無いことも、木材では塞げないことも、解体するまで分かりませんでした。用意していたのは、ほかにどんな選び方があるか、という選択肢です。
耐震の計算を自分でしているから、どの壁がどれだけ効くかが分かる。資料を読んでいたから、別の塞ぎ方があると知っている。選択肢を持っていれば、現場では方向を決めることができます。細かな確認は、事務所に戻って計算をやり直したり、資料に当たったりしながら、詰めていけばいい。
一方で、急いでいても、その場では決めないこともあります。費用が増えることは、住まい手の判断がなければ、最終的には決められません。内部の間仕切り壁の気流止めを、見積を待って決めることにしたのは、そのためです。基礎の無い壁で先に指示を出したのは、後からでは直せなかったからです。
| 分かったこと | 現場で | 事務所で | 住まい手と |
|---|---|---|---|
| 壁の下に基礎が無い | 筋交いの位置と本数を変えるよう指示 | 計算をやり直して確かめる | 後から報告 後からでは直せないため |
| 外壁の気流止めが、木材では塞げない | グラスウールで塞ぐ方向に決める | 研究資料で性能と仕様を確かめる | 方法を変えたことを伝える |
| 間仕切り壁にも気流止めが要る | 必要なことを確かめる | 追加の見積を取る | 金額を確かめてから決める 当初の工事に入っていないため |
見えなくなる部分だからこそ、その時に決める
壁を塞いでしまえば、筋交いも気流止めも、もう見えません。住まい手も、いつかこの家に住む人も、確かめることはできなくなります。耐震や断熱は、暮らしの中では見えない基本性能です。見えなくなる部分だからこそ、壁が開いているその時に、決めておく必要があります。
リノベーションの現場では、状況は常に変わります。図面に書いたら終わりではなく、現場を確認し、その都度、よりよい方向を選ぶ。そうした姿勢が、設計者には求められているのだと思います。
その場でよりよい方向を選ぶには、選べるだけの手持ちが要ります。普段から広く深く知識を学んでおくことは大事だと、今回の件で改めて学びました。