同じ家を、違う目で見る

中古住宅を買って、リノベーションをしたい。そう考えているお客さまに頼まれて、購入を決める前の物件の内見に同席することがあります。買っていいかどうかを、建築の側から見てほしい、という依頼です。

その日も、不動産会社の担当者に案内されて、お客さまと一緒に売りに出ている一軒を見に行きました。海の見える、崖上の中古住宅でした。

お客さまは、窓辺で遠くまで開けた景色を眺めていました。崖の先に開けた景色、その向こうに光る海。とても景観の良い建物でした。

その時、私は、その足元を見ていました。

同じ部屋に立っているのに、見ているものが違う。お客さまは窓の外を見ていました。私は、床と柱のわずかな傾きを見ていました。

これまで何軒か、こうして購入前の内見に同席してきました。買う前に、その家が本当に買っていい家なのかを、一緒に確かめる仕事です。結果はさまざまでした。見送りを勧めた家もあれば、購入を後押しした家もある。そして、どう直せるかを見極めて、購入に進んだ家もありました。

同じ家でも、見る人によって、見えているものは変わります。今回は、そんな話を書いてみたいと思います。

魅力とリスクは、同じ場所にある

まず、買うのをやめるよう勧めた家の話です。

郊外の、崖地の先端に建つ、小さな木造平屋でした。昔ながらの懐かしい佇まいがあって、何より、窓の外の眺めがよかった。お客さまが惹かれたのも、その景色でした。

けれど部屋を歩くうちに、いくつか違和感を感じました。

床に、わずかな傾きを感じる。建具を開け閉めしてみると、建て付けに狂いがある。外へ出て建物の周りをまわってみると、基礎にひび割れが入っている。ひとつだけなら、古い家にはよくあることで、断定はしません。けれど小さな違和感が、どれも同じ方向を指していました。建物が、少し傾いている。そんな印象を受けました。

問題は、それだけではありませんでした。この家の魅力は、崖の先端に建っていることでした。だからこそ、視界が開け、海が見える。けれど、その崖地そのものが、将来の足かせになりかねない。崖に隣接する敷地では、建て替えの際には、安全のための対策が必要になります。その対策工事には、相応の費用がかかる。眺めをつくっている地形が同時に、この家の重荷でもあったのです。

お客さまには、そのままを伝えしました。この家は見えている価格よりも、ずっとお金がかかる可能性があります、と。検討の結果、お客さまは購入を見送りました。

惜しい家でした。景色は、本当によかった。けれど、その景色を生んでいる崖が、そのまま、この家の弱点でもありました。魅力とリスクが、同じ場所にある。中古住宅を見ていると、ときどき、そんな家に出会います。

買うか、諦めるか。その間に設計がある

次は、設計の検討を経て、購入に進んだ家の話です。

内見へ伺ったのは、市街地の中心部に建つ木造住宅でした。建物が隣と寄り添うように建ち並ぶ住宅街の一画です。

お客さまには、はじめから一つの要望がありました。広いリビングを実現したい。壁で細かく仕切られた今の間取りを、ひと続きの大きな空間にしたい。

よくある要望です。けれど、この家では、それが簡単ではありませんでした。広くしようと壁を取り払うほど、工事は難しくなっていく。構造の問題。法規の問題。工事費の問題。

広くしたい。けれど、素直に壁を壊せばいいわけではない。そういう家でした。

ここからが、設計の仕事でした。私は、既存の平面図の上にトレーシングペーパーを重ねて検討をはじめました。この壁を取れば、どれだけ広くなるだろう。けれど、ここまで壊せば、成立しなくなるかもしれない。

どこまでなら可能なのか。一本、線を引く。また消す。もう一本、線を引いてみる。

平面スタディ

厄介だったのは、図面だけでは、どの壁が建物を支えているのか分からなかったことです。買う前ですから壁を壊して中を確かめることはできません。

分からない。だから、最も厳しい条件を想定しました。すべてが建物を支える壁だと考える。それでも成立する線を探しました。

検討を重ねるうちに、広いリビングという要望を満たしながら、大がかりな改修にはならない方向性が見えてきました。

本当に成立するのか。購入前に役所へ相談し、その考え方に問題がないことを確認しました。ようやく、お客さまに伝えることができました。この家なら、広いリビングを、無理のない予算で実現できます、と。

結果として、最小限の壁を取り払うだけで、要望はかないました。広さも。法規も。予算も。同じ一本の線上で成立したのです。

たくさん壊せば、広くて豊かな家になるわけではありません。どこを残し、どこを取るのか。この家では、その一本の線を見つけることが、何より大切でした。

買うか。諦めるか。中古住宅の判断は、たいてい、その二択で語られます。けれど、その間には、もう一つの道があります。どう直せるかを、先に描いてみること。すると、諦めるしかなかった家が、買える家に変わることがあるのです。

見えない価値は、現地で見つかる

最後は、購入を後押しした家の話です。

市街地の郊外に建つ、木造二階建ての住宅でした。築年数はかなり古く、不動産としての評価は、ほとんどついていませんでした。建物にはもう値段がつかず、土地の価格から解体費を差し引くような、そんな扱いの物件でした。

書類は、全く残っていませんでした。建てたときの確認済証も、当時の図面も見当たらない。古い家では、めずらしいことではありません。けれど、図面がないということは、この家がどう建てられたのかを、紙の上で確かめる術がない、ということです。

頼れるものがないなら、建物そのものを見るしかありません。実際に現地を訪れ、最初の家と同じように見ていきました。

床や柱に大きな傾きはないか。基礎に傷みはないか。敷地の周囲に、地盤の異変を感じさせる兆候はないか。一つずつ確かめていくと、今度は違う答えが返ってきました。

築年数のわりに、建物が傷んでおらず、しっかりとしていました。室内には、過去に手を入れた箇所もありましたが、見たかぎりでは、今後の心配は小さそうでした。

周囲の塀や道路にも、大きな沈下を感じさせるような様子は見当たりませんでした。確かな記録が残っているわけではありません。けれど、目の前の建物と土地は、大きな不安はないように見えました。

適切に手を入れれば、十分に住める。そう判断しました。不動産の評価では、ほとんど価値のない家です。けれど、まだ十分に住まいとして再生できる家でした。

市場が間違っていたわけではありません。市場と建築とでは、見ているものが違う。ただ、それだけのことです。

中古住宅の現地調査

見えない価値は、紙の上だけでは見えてきません。現地に足を運び、一つずつ確かめていく。

すると、物件情報には載っていなかった、その家の可能性が、少しずつ見えてくることがあります。

同じ家でも、見えているものは違う

三つの家の話をしてきました。

見送った家。

設計によって、買えるようにした家。

そして、再生できると判断した家。

並べてみると、あることに気づきます。不動産の世界では、家はいくつかの数字で測られます。築年数。駅からの距離。周りではいくらで売れたか。それらは、取引のための大切な物差しです。

けれど、建築の目が見ているのは、少し違うものです。床が傾いていないか。地盤は落ち着いているか。この壁は動かせるのか。そして、この家で、これからどんな暮らしができるのか。数字には表れない、その家固有の条件を見ています。

どちらが正しい、という話ではありません。市場には市場の見方があり、建築には建築の見方がある。ただ、見ているものが違う。それだけのことです。

このことが、はっきり表れたのが、最初の家と、最後の家でした。同じように見て、一方は、やめたほうがいい、もう一方は、十分に住める。判断は、正反対でした。

これは、いいかげんに見ているからではありません。むしろ逆です。古いか新しいか。好きか嫌いか。そういう印象で決めていないからこそ、家ごとに違う答えが出る。

一つずつ根拠を確かめていけば、結論は、家のほうが教えてくれます。建築の目は、家の良し悪しを言い当てる特別な目ではありません。確かめられることと、確かめられないことを、一つずつ仕分けていく目。そうして、その家に何が残されているのかを、読み取ろうとしているのです。

正解を探すのではなく、可能性を探す

中古住宅を買うとき、いろいろな専門家が関わります。

不動産会社は、取引を見る。

診断士は、今の状態を見る。

設計者は、そこから先に、どんな可能性が残されているのかを考えます。

二番目の家で、広いリビングが実現できたのも、そこに可能性が残されていたからでした。壊せる壁と、残すべき壁を見極める。その見通しがあったから、買うという判断ができた。現状を調べるだけでは、そこまでは見えてきません。可能性は、建物だけで決まるものでもありません。

同じ家でも、そこで何をしたいのかは、人によって違います。

リノベーションしたLDK

広い一部屋で暮らしたい人もいる。小さな居場所をたくさん欲しい人もいる。料理を楽しみたい人もいれば、庭を眺めて過ごしたい人もいる。

その家に何が可能なのかは、誰が住むのかと、切り離して考えることはできません。だから私は、正解の家を探しているのではありません。どこかに、良い中古住宅という答えがあるわけではない。

その家に、どんな住まいの可能性が残されているのかを、住む人と一緒に探しています。同じ家を見ても、見えているものは、人によって違います。

窓の外の景色に惹かれる人もいれば、床の傾きに気づく人もいる。築年数や価格から判断する人もいれば、そこでどんな暮らしができるのかを考える人もいる。

どれが正しい、という話ではありません。ただ、家というものは、数字や図面だけでは語りきれないのだと思います。建物には、それぞれ違う条件があり、違う来歴があり、そして、まだ形になっていない可能性があります。それを見つけられるかどうか。

それは、現地に立って、よく見て、よく考えてみないと分かりません。正解の家を探すのではなく、その家に残された可能性を探す。中古住宅を見に行くとき、私はそんなことを考えています。