空間ではなく空間体験を設計するという考え方

空間体験を設計する

家を建てるとき、多くの人が「できるだけ広く」、「できるだけ明るく」を目指します。それは間違いではありません。広くて明るい空間は、気持ちのいいものです。

ただ、私が設計で大切にしているのは、少し違う問いです。 

 「その空間にいるときに、どんな気持ちになるか

面積や明るさは数字で測れます。でも、帰宅したときの安堵感、ソファでくつろいでいるときの落ち着き、リビングに入った瞬間の開放感——これらは数字だけでは設計できません。数字で空間を設計することと、空間体験を設計することは、まったく異なる設計アプローチです。

この記事では、私が住宅設計で実際に使っている空間体験をつくる考え方を、できるだけ平易に解説します。

均一な空間は、なぜ疲れるのか

明るく、広く、均一に整えられた空間は一見快適に見えます。しかし長時間過ごすと、意外と落ち着かない。そういった経験はないでしょうか。

人は空間に変化と対比を求めています。明るい場所があるから、暗い場所がくつろぎになる。広い場所があるから、こもれる場所が安心を生む。

気分は一日の中で変化します。集中したいとき、休みたいとき、誰かと話したいとき。その気分を受け止められる多様な場が、ひとつの家の中にあること——それこそが豊かな空間だと私は考えています。

均一さは疲れます。差があるから、豊かな暮らしが実現する。

あえて暗くするという設計判断

明るさを絞った空間

私の設計では、空間を均一に明るくしません。

たとえばソファ周りや寝室の一角は、あえて照度を落とします。暗い場所があることで、明るい場所がより際立ち、空間全体に奥行きが生まれます

設計では、明るさを足す方向へ重心が傾きがちです。私はむしろ、暗さをどこに置くかを先に考えます。暗さがあるからこそ、明るさが引き立つ、という考えです。

暗い家は嫌だ、という施主の方もいます。その感覚はよくわかります。ただ、暗い場所がある家と、暗い家は、まったく違います。設計で意図的につくられた暗さは、落ち着きと安心感を生みます。

天井の高さを場所によって変える理由

廊下からリビングへの天井高さの変化

天井高さは高ければ高いほど良い訳ではありません。

私がよく使う手法は、低い空間から高い空間へという流れをつくることです。

玄関や廊下をあえて低く抑えると、リビングに入った瞬間の開放感が強調されます。同じ天井高でも、前後の流れがなければその高さはただの数字でしかありません。空間体験は対比によって生まれます。

この操作は、コストをほとんど変えずに空間の質を上げられる、実務的に有効な手法です。

壁に頼らず空間を区切る

廊下、LDK、和室と連続する空間

壁を増やせば部屋数は増えますが、空間は小さくなります。多くの住宅で、間取りの自由度とゆとりの感覚がトレードオフになっているのはこのためです。

私が重視するのは壁に頼らないゾーニングです。天井の高低差、床素材の切り替え、視線の抜け、明暗の変化——これらを使うことで、壁なしに「ここは別の場所だ」と感じさせることができます。

また、壁を減らすことは耐震の設計とも密接に関わります。構造的に必要な壁をどこに置くか、開口をどう確保するか——デザインと性能は、私の設計では常にセットで検討します。

視線の抜けを設計に組み込む

LDK窓の外に繋がる庭

広く感じる家には、たいてい視線の抜けがあります。

部屋の中から外の緑が見える、廊下の先に光が見える——視線が遠くへ届くだけで、空間の体感面積は大きく変わります

これは窓の位置と大きさだけの話ではありません。室内の家具配置、開口の高さ、隣接する空間との関係——やみくもに窓を増やすのではなく、空間の関係を総合的に設計することで、視線の抜けは生まれます。

平屋と2階建て、それぞれの空間のつくり方

平屋には、上下方向への移動がない分、横方向の広がりと流れで空間をつくります。

一方向に視線が抜ける長い空間、ゆるやかにつながる室内外の境界、天井の勾配による奥行きを、うまく設計に取り入れれば平屋ならではの個性的な体験をつくれます。

2階建てでは、上下階の縦方向繋がりを積極的に活かして空間をつくります。吹抜けを効果的に設けることで、ユニークな空間体験をつくりだすことが出来ます。

ただし、それはただ単純に繋げるのとは違います。人の移動をイメージし、移動した先に何が見えるのか——ストーリーを意図的に盛り込むことで初めて効果が上がります。

空間体験を重視する理由

面積を増やすことはコストがかかります。でも空間の対比を設計することは、ほとんどコストを増やさず体験の豊かさを上げられます

明暗・高低・広狭の差をつくること。視線を設計すること。動きの中で感情が変化するシークエンスを意図すること。

これらは、私が設計の際に図面や模型、時には実際に現地に立って確認し、施主と一緒に体験を想像しながら詰めていく作業です。

空間体験は、住んでみて初めてわかることも多い。だからこそ、設計の段階でできるだけ丁寧に想像する。それが私の仕事だと思っています。

この記事で書いた考え方を、動画でも話しています。ぜひご覧ください。

この動画に登場する住宅の詳細はこちら→ 越後曽根の平屋