
この家は、間取りを大きく変えていません。和室も残し、廊下も残し、水回りの位置も大きくは動かしていません。今回のリノベーションでは、コストを抑えるために既存の間取りを活かす方針で計画を進めました。
もし予算をかけるのであれば、壁を取り払い、吹抜けをつくり、より大きなLDKをつくることもできたかもしれません。しかし、限られた予算の中で考えたのは、どうすればこの家を豊かにできるだろうか、ということでした。
広さをつくるのではなく、いろいろな居場所をつくる。今回の計画は、そんな発想から始まっています。家の豊かさは、広さだけで決まるものではないのかもしれません。
広いリビングがあれば、豊かな家になるのだろうか

広いリビング・ダイニングは、多くの人が家づくりで思い描く空間の一つではないでしょうか。私自身も、開放的な空間は好きです。開放的で、陽の光が入り、家族が自然と集まる場所。そのイメージは間違っていないと思います。広さには、確かに比べようのない気持ち良さがあります。
けれど、広いリビングがあれば暮らしが豊かになるか?と問われると、直ぐに答えられない自分がいました。豊かさと広さは、イコールではないかもしれない。計画を進めながら、そんなことを考えていました。
人はいつも同じ場所にいたいわけではない

自分の暮らしを思い返してみると、家の中に気に入った場所があることに気がづきます。朝のコーヒーを飲む場所、夜一人で過ごす場所、家族の気配を感じながら本を読む場所。同じ家の中でも、時間や気分によって、求める居心地の良さは少しづつ違うのではないでしょうか。
明るい場所にいたい時もあれば、少し暗くて落ち着いた場所にいたい時もある。家族と一緒に過ごしたい時もあれば、ひとりになりたい時もある。人はいつも同じ環境を求めているわけではない、ということです。
であれば、家づくりで考えるべきことも、広さだけではないのかもしれません。その時々の気分に応じて居場所を選べること。それ自体が豊かさの一つのカタチではないかと思っています。
開放感と安心感は同じではない

開放的な空間は気持ちがいい。それは間違いありません。けれど、開放感と安心感は、別のものではないでしょうか。
広くて明るい空間にいると、人は気分が上がり、活動的になります。しかし、ずっと開放的な場所にいると、なんとなく落ち着かず、疲れを感じることはないでしょうか。開放された空間は、同時に多くの情報にさらされる空間でもあります。
反対に、少し狭くて暗い場所には、独特の落ち着きがあります。囲まれた空間は、外からの情報が少なく、集中しやすく、心を開放して自分らしく過ごすことができる。そういう経験は、誰にでも少しはあるのではないかと思います。
今回の計画では、寝室や廊下をあえて意図的に暗めに仕上げています。暗さや狭さは、一般的には欠点としてとらえられることが多い。けれど意図的にコントロールされた暗さは、心の静寂と安心感を生み出します。
大切なのは、明るければ良い、広ければ良い、ということでなく、その場所の役割の応じた雰囲気をくつることではないかと考えています。
家は一つの空間ではなく小さな居場所の集合体

今回の住宅には、いくつかの異なる性格を持つ場所があります。
南側の大きな窓を持つ、明るい開放的なリビング・ダイニング。昔の和の雰囲気をあえて残した畳敷きのセカンドリビング。北側の面した少し暗めの落ち着いた寝室。そしてそれらの部屋を繋ぐ、トンネルのような廊下。
それぞれが全く異なる雰囲気を持っています。広さも、明るさも、素材の感触も、漂う空気も、部屋ごとに異なります。
設計を進めながら、空間を平面的な広さで考えるのではなく、映画のシーンのような連続した体験として考えていました。廊下という少し暗くて細長い空間を通過することで、次の部屋への切り替えが生まれる。トンネルを抜けると、まったく異なる場所に出る。そういった体験の連続の積み重ねの先に、空間が立ち現れる。そんなイメージでこの家を設計しています。
面積だけで見れば、決して大きな家ではありません。けれど、気分に応じていろんな場所を選べる、それがこの家の豊かさではないかと思っています。
暮らしの豊かさは、居場所の多様性によって生まれる

家の豊かさは、広さだけで決まるものではないと思っています。大切なのは、その時々の気分に応じて、居場所を選べること。明るい場所でにぎやかに過ごしたい時も、暗くて静かな場所でひとりになりたい時も、その両方を受け止めてくれる家であること。
今回のリノベーションでは、壁を大きく取り払うことも、吹き抜けをつくることも、していません。既存の間取りを活かしながら、必要があれば壁を取り、必要な場所には壁を設け、それぞれの場所に異なる雰囲気を与えることを考えました。
コストを抑えた計画でしたが、それが結果として、多様な場をつくることへ繋がったように感じています。広さを追うのではなく、場所の多様性を実現する。そういった発想が、限られた予算の中でも豊かな住まいをつくる、ひとつの方法となりました。
家は一つの大きな空間ではなく、小さな居場所の集まりでできています。異なる性格を持つ居場所が存在することで、暮らしに変化と豊かさが生まれます。
家の中に、いくつの居場所があるだろう。そんな視点で住まいを見渡してみると、家づくりの見え方も少し変わるのかもしれません。