既存住宅の耐震性を向上させるためには、事前の情報の収集が重要です。事前情報が多ければ多いほど、補強工事の精度が高まり、かけた費用以上の効果を上げることが可能になります。耐震工事のデメリットとして、解体工事を進めてみないと、最終的な工事費用が確定しにくいという側面がありますが、事前情報を収集することで、工事が始まってから予算オーバーしてしまうことを防ぐことができます。
最低減、集めておかなければならない情報には以下があります
- 築造年(建設年)
- 建物の劣化状況
- 周辺の状況
それぞれの項目がどのようなものか、説明していきたいと思います。
築造年(建設年)
まず、建物の築造年を調べ、その年代に応じた耐震基準(旧耐震基準、新耐震基準、2000年基準)を確認することが重要です。建物は建設された年代によって耐震強度が異なりますので、まずはその建物が何年に建設されたかを調べましょう。
木造建物の耐震強度は法律改正とともに以下のように変遷しています。
- 1981年以前 旧耐震基準(耐震壁の量が少ない)
- 1981~2000年 新耐震基準(耐震壁の量が現行法規と同様に)
- 2000年以降 2000年基準(基礎、接合部金物、耐力壁のバランス調整の3項目が追加)
木造建物は、法改正に伴って築造年が新しい建物ほど耐震強度が高く設定されています。ざっくり分けると、法改正があった1981年(昭和56年)を境に、その前の旧耐震基準、その後の新耐震基準とで耐震性が大きく異なります。1981年以前の建物ですと、耐震性が低く、現行法規で定められた耐震性能まで補強工事を行う場合、より大規模な補強工事が必要となり、多くの工事費が掛かる可能性があるので注意が必要です。もし建物の築造年が2000年以降であれば、ある程度の耐震性が担保されていると考えてよいでしょう。
築造年は、法務局で発行される「建物登記簿」で確認することができます。建物登記簿には通常、建物が建てられた年が記載されていますので、そちらを手掛かりにして、いつ建てられたかを推測します。
築造年が1981年付近だった場合、その建物が新耐震か旧耐震か、どちらであるか判断が難しいところです。改正法令の施行日は6月1日ですので、その日より前に建物が着工していたか否か、が判断する根拠になります。そういった場合、登記簿では詳細な日付を確認できないので、「建築確認申請」の証明書発行日が6月1日以前か以降かで判断することになります。
ただし古い建物の場合、建築確認申請書類が揃っていることは稀です。もし見つからない場合は、市役所の建築課に問い合わせて「建築確認台帳記載事項証明」や「建築計画概要書」を発行依頼してみてください。場合によっては、行政機関に控えが保存されているかもしれません。参考まで、上の画像が「建築確認台帳記載事項証明証」です。右上の赤い四角の中に確認済証の交付日が明記されています。
建物の劣化状況
建物の劣化状況によっては、耐震補強の工事内容が変わってきます。浴室周りの土台や床が湿気で痛んでいたり、柱下部がシロアリ被害を受けていたりした場合、補強工事に加えて、土台や柱の交換などの追加工事が必要になり、改修費用がかさんでしまいます。また屋根裏合板に雨漏りの跡があれば、別で屋根防水工事が必要になるかもしれません。
解体工事が進んでからの追加工事をできるだけ抑えたいのであれば、必ず現地調査を行い、劣化がどの程度かを判断することが重要です。建物は古ければ古いほど、劣化が進行している可能性があります。床下点検口があれば、そこから土台や基礎の状況を、天井点検口があれば梁組みや金物の取付状況や雨漏り跡がないかなどを確認しましょう。
周辺の状況
もし現状を確認できる状況であれば、建物が建っている周辺状況を確認しましょう。具体的には、前面道路のマンホール周辺に浮き上がりや沈下がないか、既存塀に傾きやひび割れがないか、電柱が傾いていないか、基礎にひび割れがないか、などの項目です。これらの現象によって、建物が建っている地盤が軟弱であるかどうかが予想できます。不具合が少なければ、少ないほど地盤強度は良好と判断できます。
合わせて国土地理院の土地条件図で、その場所が盛り土であるか、砂丘であるかなど調べることで、地盤の傾向をつかむことができます。
軟弱地盤上に建っている場合、建物の耐震補強をいくらしたとしても、基礎が傾く可能性があります。建物が建っている基礎下を地盤補強することは技術的には可能ですが、膨大な費用がかかってしまいます。中古住宅を購入する場合には特に、上部躯体だけでなく、その建物の建つ地盤強度を予想しておくことが大事です。
耐震補強工事の実例
実際に耐震改修工事を行った例を紹介します。こちらは、中古住宅を取得し、耐震補強とリノベーションを行った例です。不動産物件の取得検討時から設計相談をいただき、物件探しの段階から施主さんと一緒に行いました。
こちらの建物は建築確認台帳記載証明書により、築造年が1993年(平成7年)と判明したので、耐震基準は「新耐震」と判断できました。つまり現行基準と同様の耐震壁量がある建物です。ただ、現行構造基準と比較すると、「基礎仕様、接合部金物の設置、耐力壁のバランス調整」の3点を満たしていませんでした。
そこで、現行基準を満たしていない以下3点に対して重点的に耐震補強を検討する方針としました。
1:基礎仕様
2:接合部金物の設置
3:耐力壁のバランス調整
1:基礎仕様
すでにコンクリートが打設されているため、コンクリートの中にどのように鉄筋が配置されているかを目視することができません。よって今回は、超音波試験を行うことで、鉄筋の配置を調査しました。写真の水色テープが張ってある箇所が鉄筋の入っている位置です。
調査によって規定通りの仕様で鉄筋が位置することが確認できたため、基礎に関しては補強を行わず、現況のままとすることに決めました。今回は、コンクリートの強度確認までは行いませんでしたが、調査費用をかければ、コンクリート強度の調査も行うことができます。
2:接合金物の設置
柱と梁の接合部、筋交いの接合部、柱と土台の接合部が大地震時に外れないよう、現行法規では接合金物の設置が義務づけられています。新耐震の建物には、接合金物が取付いていませんので、各部分に掛かる力を構造解析し、金物の選定を行い、必要箇所に取り付けました。シルバー色のプレートが新たに取り付けた金物です。大地震時に接合部の先行破壊破を防止し、建物の倒壊を防ぐ効果があります。
接合金物を取り付けるためには、内部の壁や天井、床を解体する必要があります。解体には費用が掛かるのですが、今回は耐震補強と同時に、断熱補強工事を行う要望があったので、すべての内装材を解体し、全面的な耐震補強+断熱補強工事を同時に行いました。部分的な耐震補強であれば、全体的な解体工事を行わなくてよいので、工事費用を抑えることができます。
3:耐力壁のバランス調整
4分割法と呼ばれる簡易な計算方法でも対応できるのですが、今回、より詳細な構造解析を行い、剛心が建物の中央付近に来るようよう調整しました。場合によっては、耐力壁を増やすだけでなく、壁の位置変更や耐力壁の減などを行っています。偏心バランスが良いと建物の揺れが一か所に集中することなく、耐力壁を大きく増やさずとも、耐震性能を上げることができます。
合わせて今回の工事で、耐力壁の位置が上下階でずれていて水平剛性が不足している部分には、地震力をスムーズに流すために合板張り追加、および、火打ち追加により補強を行っています。
補強工事のまとめ
このような手法で補強工事を行い、新耐震の建物を、現行法規と同じ基準まで耐震性を上げました。古い建物でも、適切に補強を行えば、今の基準と同等の耐震性を持たせることが可能です。ただし、全体的に手を入れることになるので、それなりの費用は掛かってしまいますが。
耐震補強をどこまで行うか次第で工事費用は変わります。大規模な工事を行って耐震性を大きく回復する方法もありますが、一部だけ工事を行うことで耐震性を向上させる方法もあります。もし壁や天井を解体して、リノベーションするのであれば、そのついでに耐震補強を行うことがお勧めです。ちょっと手を入れるだけで、少しでも耐震性が上がるのなら、やっておいて損はないと思います。
実例で上げたように、購入を検討している段階、購入前に相談されるのがベターです。もし耐震工事などでお困りでしたらぜひ、ご相談ください。