フィン・ユールの自邸を歩いていて、それほど大きな住宅ではないのに、不思議と広く感じました。
フィン・ユールは、デンマークを代表する建築家、家具デザイナーの一人です。
室内には、明るく開放的な場所もあれば、少し暗く落ち着いた場所もあります。同じリビングの中でさえ、場所を移ると雰囲気が変わります。
一つひとつは小さな場所なのに、室内を歩いていると、実際の面積以上の広がりを感じます。
なぜ、そう感じるのだろう。家の中を歩きながら、少しずつ考えてみました。

一つのリビングに、いくつもの場所がある
リビングはL字型の平面をしています。
リビングに入ったところからは、その全体を一度に見通すことができません。奥へ歩いていくと、その先にまた別の場所が現れます。

リビングの中央は天井が高く、勾配天井になっています。大きな窓から光が入り、明るく開放的です。
一方、書斎テーブルやソファが置かれた場所では天井が低くなり、窓も比較的小さく、少し落ち着いた雰囲気です。
興味深いのは、天井の低い場所に家具が置かれ、その場所から別の空間へ視線が広がるように感じられることでした。
そこに腰掛けたと想像すると、身体のまわりは少し低く抑えられながら、視線の先には別の空間が広がります。実際に椅子に座ることはできませんでしたが、そこに座ったときの心地よさが想像できました。
一つのリビングでありながら、場所を移るたびに、空間の雰囲気が少しずつ変わります。
一室を大きな一つの空間としてつくるのではなく、その中に性格の異なる小さな居場所がいくつもつくられていました。
部屋を移ると、光の感じが変わる
リビングからダイニング、廊下、寝室へと歩いていくと、部屋ごとに明るさや雰囲気が変わっていきます。
最初は、窓の大きさや向きによって、外から入る光の量が違うためだと思っていました。
ところが、しばらく室内を見ているうちに、天井の色が部屋ごとに違うことに気がつきました。

リビングの勾配天井は淡い黄色。寝室はわずかに緑がかった灰色。玄関は鮮やかな藍色、廊下やダイニングの天井には、黄土色に近いオーカーが使われています。小さな個室の一つでは、天井に濃い青緑色が使われていました。


リビングや寝室など、面積の大きな天井に使われている色はとても淡く、注意して見なければ気がつかないほどです。
けれど、そのわずかな色の違いが、光を受けながら、空間全体をほんの少し染めているように感じました。
色そのものが強く視界に入ってくるわけではありません。それよりも場所を移ったときに、明るさや空気の違いとして感じられます。
家具が、そこにある理由
フィン・ユールの自邸では、家具が後から置かれたもののように感じられませんでした。
家具と建築のどちらが先という感じもなく、それぞれの家具が、そこにあるのが自然に感じられました。

書斎テーブルのある場所は天井が低く、少し落ち着いた明るさです。椅子の向きを見ると、その先には玄関ホールがあり、さらに遠くのダイニングまで視線が伸びています。

ソファが置かれた場所は、背面には壁があり、窓は小さく抑えられています。ソファの向きから想像すると、書斎コーナーが横から見え、その右手には庭へ開く掃き出し窓が見えることになります。
寝室でも、ベッドと椅子では窓との位置関係が異なります。横になったとき、椅子に座ったとき、それぞれ庭の見え方も違うのでしょう。
家具の配置を見ていると、明るさや天井の高さ、窓の位置や大きさ、そこから見える風景まで含めて、一つひとつの場所が丁寧に考えてつくられているように感じます。
書斎だから机を置く、寝室だからベッドを置く、というように、機能を配置しているのとは少し違う。
そこで何をするのかを考え、まず人の身体を置く。その身体のまわりに、ちょうどよい環境をつくっていく。
フィン・ユールの自邸を見ていると、そんなふうに空間を考えているように感じました。
窓が、庭との距離を調整する
フィン・ユールの自邸では、庭への開き方も場所によって異なります。
大きな掃き出し窓から庭へ開く場所もあれば、小さな窓から近くの緑を見る場所もあります。遠くまで視線が抜ける窓もあれば、近くの木々や植栽で視線が止まる窓もあります。
同じ部屋の中でも、その違いがあります。

例えば寝室では、ベッドと椅子がそれぞれ窓に対して異なる位置に置かれています。ベッドに横になったときと、椅子に座ったときでは、庭の見え方も違うのでしょう。
窓は、ただ室内を明るくしたり、庭へ大きく開いたりするためだけにあるのではないように感じます。
その場所でどう過ごすのかによって、庭を近くに感じたり、遠くまで視線を伸ばしたりする。窓によって、身体と庭との距離が調整されているように感じました。

玄関ホールやリビングには庭へ直接出られる掃き出し窓があります。一方、少し床レベルの上がった寝室では、庭の地面も高くなっていて、室内と庭がほぼ同じ高さでつながっています。
建物の建つ場所は少し低く、庭は緩やかに高くなっています。室内にも床のレベル差があり、その変化と庭の傾斜がうまく呼応しているように感じました。
部屋ではなく、居場所を照らす
フィン・ユールの自邸には、部屋全体を均一に明るくするような全般照明がありません。
テーブルの上にはペンダント、壁際にはブラケット、椅子やソファの近くにはフロアスタンド。それぞれ必要な場所に照明が置かれています。

部屋全体を明るくするのではなく、人が過ごす場所に必要な光を置く。
光が当たる範囲には小さな明るい場所が生まれ、その周囲には暗さが残ります。その明暗の違いによっても、それぞれの居場所が浮かび上がります。

どこを照らすのかは、そこで何をするのかを考えることでもあります。
家具によって人のいる場所が決まり、その場所に必要な光を加える。照明もまた、人の身体のまわりに、ちょうどよい環境をつくるための一つの要素なのだと思います。
小さいのに、広く感じる
この家を歩いていて、不思議だったのは、それほど大きな住宅ではないのに、実際の面積以上に広く感じられることでした。
家の中を一度に見通せるわけではありません。歩いていくと、その先に次の部屋や居場所が少しずつ現れます。
一方で、それぞれの場所は完全に閉じられているわけでもありません。
少し床レベルの上がったダイニングからは、棚越しに明るい玄関ホールが見え、その先には開口を通してリビングが見えます。
玄関ホールのベンチからは、ガラス框の引き戸を通してリビングが正面に見えます。
反対に、リビングの書斎コーナーからは、玄関ホールを通して、その先にあるダイニングまで視線が伸びています。

小さな家でありながら、明るい場所、暗く落ち着いた場所、天井の高い場所、低い場所、庭へ大きく開く場所など、異なる体験が次々と現れます。
この家の広さは、単に面積や体積だけでは説明できないように思いました。

歩いていくと、次々と違う場所が現れる。そして、一つの場所にいても、その先にまた別の場所が見える。その積み重ねが、小さな家を実際の面積以上に広く感じさせているのではないか。
広さは、面積や体積だけで決まるものではないのかもしれません。限られた空間の中に、どれだけ異なる体験をつくれるか。
フィン・ユールの自邸は、空間を大きくするのではなく、体験の密度を高めることで、心理的な広さをつくり出しているように感じました。
違うのに、同じ空気が流れている
部屋ごとに、天井の高さも、色も、明るさも違います。窓の大きさや庭への開き方も、それぞれ異なります。
それだけ違いがあるのに、不思議とばらばらな感じはしません。家全体には、どこか共通する空気が流れているように感じます。
同じ色や素材、形を繰り返しているから、統一されて見えるということではありません。
それぞれの場所で、そこで人がどう過ごすのかを考える。
椅子に座ったときに何が見えるのか。どのくらいの明るさがよいのか。天井は高い方がよいのか、低く抑えた方が落ち着くのか。庭とは、どのくらいの距離でつながるのか。
そうした一つひとつの判断の根底には、フィン・ユール自身が考える心地よさがあるのではないか。
場所によって答えは違っていても、何を心地よいと感じるのか、その感覚にぶれがない。だから、異なる雰囲気の場所をいくつもつくっても、家全体には同じトーンが生まれる。
同じ平面の住宅であっても、設計する人が思い描く心地よさが違えば、出来上がる空間はきっと違います。
設計するということは、その人が考える心地よさを、一つひとつの場所につくっていくことなのかもしれません。
フィン・ユールの自邸を歩きながら、そんなことを考えました。

フィン・ユール自邸について
フィン・ユール自邸(Finn Juhl’s House)は、デンマークの建築家・家具デザイナー、フィン・ユールが自らの住まいとして設計した住宅です。1942年、コペンハーゲン北部のシャルロッテンルンドに建てられました。
現在はオードロップゴー美術館の一部として公開され、フィン・ユールが実際に暮らした空間とともに、家具や美術作品、日用品などを見ることができます。
設計:フィン・ユール
竣工:1942年
所在地:デンマーク・シャルロッテンルンド
用途:住宅(現在は公開施設)