
ルイジアナ美術館を訪れるのは、今回が二度目になります。
前に訪れたのは2010年。海を望む庭と、その中を縫うようにつながる建築が印象に残っていました。
それから16年が経ち、もう一度この場所を歩いてみると、以前とは少し違うところに目が向きました。
展示室から廊下へ、廊下からまた展示室へ。階段を下りて地下へ進み、再び地上へ戻って庭へ出る。
歩くたびに、天井の高さや床のレベル、光の入り方、外との距離が少しずつ変わっていきます。ひとつひとつは小さな変化ですが、それが重なることで、場所の感じ方も少しずつ変わっていきます。
今回は、そこで見た展示をきっかけに、建築についても改めて考えることになりました。
建築は、建物だけを見ていても分からないものなのかもしれません。
歩いたこと、そのとき見えたもの、以前訪れたときの記憶。そうしたものが重なることで、空間の意味が少しずつ見えてくるように感じました。
庭に沿って歩く
旧館を抜け、階段を数段下りると、庭に沿って細長い廊下が続いています。

天井は比較的低く抑えられていますが、片側は大きなガラス窓になっています。ガラスの向こうには庭の緑が広がり、木々の間から入る光が床に落ちています。室内を歩いているはずなのに、どこか外を歩いているような感覚があります。
床には素材の色をそのまま残したレンガが敷かれ、壁のレンガは白く塗られています。そこに木で仕上げられた天井と、ガラス越しに見える庭の緑が重なります。
この美術館では、廊下は単に展示室と展示室を結ぶための通路ではないように感じます。庭を見たり、光の変化を感じたりしながら歩く。その時間もまた、展示を見る体験の一部のようになっているようでした。
そして、この明るい廊下から数段下りると、今度は外の景色がほとんど見えない、暗い展示室へと入っていきます。
数段下りる
庭に沿った明るい廊下から、階段を数段下ります。

ほんのわずかな高さの変化ですが、それまで身近に感じていた庭との距離が少し広がります。
振り返ると、数段上には先ほどまで歩いていた廊下が見えています。大きなガラス窓の向こうには庭があり、木々の緑に光が差し込んでいます。今回の展示では、この先の展示室は光が抑えられ、廊下とは対照的な暗い空間になっていました。
振り返ると、数段上には先ほどまで歩いていた廊下が見えています。大きなガラス窓の向こうには庭があり、木々の緑に光が差し込んでいます。
ほんの数段の階段を挟んで、明るい廊下と暗い展示室が隣り合っています。

明るい廊下を歩いていたときは、展示を見ながらも、窓の外の緑や光の変化が常に視界に入っていました。それが、この展示室に入ると、庭の存在は少し遠くなり、意識は自然と目の前の作品へ向かいます。
建物の中を大きく移動したわけではありません。それでも、ほんの数段下りただけで、場所の感じ方が大きく変わります。
振り返る
展示室をさらに奥へと進みます。
途中、先ほどまで歩いていた明るい廊下が、少し離れたところに見えます。

今いるのは、外からの光を抑えた展示室。開口部の向こう側に、庭に沿って歩いてきた明るい廊下が見えています。
少し前まで自分がいた場所を、今いる場所から眺める。
歩いてきた距離と一緒に、少し前から今までの時間まで見えているような感じがします。
そこから、いくつかの作品を見ながらさらに進んでいきます。
しばらく歩くと、再び先ほどの展示室へ戻ってきます。

少し前に歩いた同じ場所です。天井の高さも、壁も、光の入り方も、何も変わっていません。
けれども今度は、ここが初めて見る場所ではありません。どこから入ってきて、その先に何があるのかを、すでに一度経験しています。
空間そのものは何も変わっていないはずです。それでも、最初に入ったときとは少し違って感じられました。
さらに地下へ
展示室を奥へと進んでいくと、今度は大きな階段が現れます。これまでの数段とは違い、ここでは一層分ほどの高さを降ります。

階段を下るにつれて、先ほどまで感じていた庭や外の光から、さらに遠ざかっていきます。
階段を下りると、大きな踊り場のような展示スペースに突き当たります。そこで振り返ると、今下りてきた大階段の脇から、さらに地下へ向かう階段が続いています。

ここから先は窓のない空間が続きます。
ひとつの展示室を抜けると、また次の部屋へ。曲がった先には次々と別の空間が現れます。歩いているうちに、自分が建物のどのあたりにいるのか、次第に分からなくなってきます。
部屋の広さや天井の高さ、通路の幅は一定ではありません。照明の明るさも少しずつ変わります。
広い部屋から狭い通路へ。明るい場所から暗い場所へ。
ひとつひとつの変化はそれほど大きくありません。それでも、それらが繰り返されることで、同じ美術館の中を歩いているはずなのに、少しずつ別の場所へ移っていくような感覚があります。
地上へ戻る
地下の展示室の行き止まりに、階段が見えてきます。

階段を上っていくと、階段の先から外の自然光が入り、少しずつ明るさが戻ってきます。
階段を上ると、最初に歩いた庭沿いの廊下へ戻ります。

同じ廊下なのですが、地下へ下りる前とは少し違って感じられます。
窓から入る光や庭の緑、外へと抜けていく視線。それまで当たり前のように見ていたものが、窓のない地下を歩いたあとでは、以前よりもはっきりと意識されます。
建築そのものは何も変わっていません。
再び廊下へ
展示室を出て、再び廊下を歩きます。
ここから先は、床が緩やかに傾斜し、少しずつ下がっていきます。測ってみると、廊下の幅は約2.15メートル、天井の高さは約2.4メートル。比較的抑えられた大きさですが、両側がガラス張りになっているため、窮屈さは感じません。

ガラスの向こうには庭の緑が広がり、屋外に置かれた彫刻も見えています。
廊下はまっすぐではなく、緩やかに傾斜しながら、ところどころで折れ曲がって先へと続いていきます。歩くたびに庭の見え方も変わり、まるで庭の中の小径を散策しているような感覚になります。
展示室の中で作品に向かっていた意識が、ここでは再び外へと開かれていきます。庭の緑や自然の光が視界に入り、一度、現実の世界へ戻ってきたような気分になります。

さらに廊下を歩いていくと、左手の壁に作品が現れ、廊下の先にはジャコメッティの展示室が見えてきます。
それまで両側に庭を見ながら歩いていた廊下が、いつの間にか片側を展示に使う空間へと変わり、その先に次の展示室が続いています。
廊下が終わって展示室が始まるというよりも、歩いているうちに、庭を見る場所から作品を見る場所へと少しずつ移り変わっていくように感じられました。
左を向く
廊下の正面に見えていたジャコメッティの展示室へ入ります。そして左を向くと、突然、大きな吹き抜けが目に入ります。
吹き抜けの壁一面はガラス張りで、その向こうには庭の景色が広がっています。その明るい背景の中に、ジャコメッティの細長い人物像が立っています。

それまで両側に庭を見ながら歩いていたためか、自分はずっと地面と同じくらいの高さを歩いているように感じていました。ところが、吹き抜けを見下ろした瞬間、自分がいつの間にか高い位置にいることに気づきます。
ここまで歩いてきた廊下は、緩やかに傾斜し、途中で何度も向きを変えていました。少しずつ続く高さの変化は、歩いている間にはそれほど意識していませんでした。
吹き抜けに沿った狭い階段を下り、今度は作品と同じ床に立ちます。

上から眺めていたときには、明るい庭を背景に細長い影のように見えていた人物像が、同じ高さに立つことで、作品の大きさや表面の質感が、よりはっきりと感じられます。
同じ作品を見ているのに、自分の立つ位置が変わるだけで、見え方も変わります。
外へ出る
再び階段を上がり、奥の展示室へと進みます。
展示室を抜けると、再び廊下に出ます。その先にはカフェがあり、さらに進むと外へ出ることができます。

建物の外へ出ると、目の前に海峡が広がります。

ここまで、庭の緑や外の光は何度もガラス越しに見てきました。けれども実際に外へ出ると、光だけでなく、風や空気の温度、周囲の音まで一緒に感じられます。
展示室の中では作品に意識を向け、廊下へ出ると庭や外の景色を見る。そしてまた展示室へ入り、最後には外へ出る。
展示を見ることと、外の景色を見ることが、歩く中で何度も繰り返されていました。
目の前に広がる海峡を眺めていると、展示を見ながら歩いてきた緊張が、ここで一度ほどけるように感じました。
庭を歩く
海峡を眺めたあと、そのまま庭を歩きます。
建物の中から何度もガラス越しに見ていた庭です。今度はその中を、自分自身が歩いていきます。
芝生の上を進み、木々の間を抜ける。ところどころに彫刻が置かれ、その向こうには海峡が見えています。

振り返ると、先ほどまで歩いていた美術館の建物が、木々の間に見え隠れしています。
建物の中を歩いているときには、窓によって庭の一部分が切り取られて見えていました。けれども庭に出ると、今度は建築の方が、庭の風景の一部として見えてきます。

展示室から廊下へ、廊下から展示室へ。そして最後に庭へ。
建築の中と外を行き来しながら歩いてきたことで、展示室と庭が、それぞれ別の場所ではなく、ひとつながりの体験として感じられるようになりました。
歩いたあとに見えてきたもの
庭を歩きながら、ここまでのことを振り返っていました。
少し前までいた場所を離れたところから見る。同じ展示室へもう一度戻る。吹き抜けを見下ろし、階段を下りて作品と同じ高さに立つ。
見る場所が変われば、同じものでも見え方が変わります。
そして、一度その場所を経験したあとに戻ってくれば、そこには先ほどまでなかった記憶があります。
建築そのものは、その間に何も変わっていません。それでも、そこを歩き、見て、時間を過ごすことで、場所の感じ方は少しずつ変わっていきます。
今回見た展示の中にも、そんなことを考えるきっかけがありました。
写真や文章、誰かの記憶や言葉を重ねることで、そこにはないものや、失われたものの姿を浮かび上がらせていく。
それを見ながら、建築についても似たことが言えるのではないかと思いました。
建築も、そこにある建物だけで成り立っているわけではありません。
そこで何を見たのか。どのように歩いたのか。どんな時間を過ごしたのか。そして、どんな記憶を持って、もう一度その場所を訪れるのか。
そうしたものが重なることで、空間の意味も少しずつ浮かび上がってくるように思います。
16年前に訪れたルイジアナ美術館と、今回歩いたルイジアナ美術館は、同じ場所です。
それでも今回、以前とは違うものが見えてきました。
建築を見るということは、建物を見ることだけではなく、その場所で過ごした時間や、自分の中に残った記憶を重ねながら、何度もその場所を見つけ直していくことなのかもしれません。

ルイジアナ美術館について
ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)は、デンマーク・コペンハーゲン近郊のフムレベックにある現代美術館です。
1958年に開館し、建築家ヴィルヘルム・ヴォラート(Wilhelm Wohlert)とイェルゲン・ボー(Jørgen Bo)によって設計されました。
既存の邸宅を中心に、展示室や廊下、庭園が段階的につながるように増築されており、建物は周囲の自然環境と一体となるようにつくられています。
展示室だけでなく、庭を歩きながら彫刻を見ること、海峡を望むこと、建物の中と外を行き来することも、この美術館を訪れる大きな魅力のひとつです。
海を望む庭と建築が静かにつながる空間構成は、北欧モダニズム建築の代表的な作品のひとつとして、世界中から多くの人を集めています。
所在地:デンマーク・フムレベック
開館:1958年
設計:ヴィルヘルム・ヴォラート、イェルゲン・ボー